現象は形式的には 〔カテゴリー・現象・哲学〕

われわれの意識主体に現れている事実一般をいう。

しかし現れている「すがた」がどうとらえられるかによって、現象はさまざまな意味をもつ。

1・知識の対象となるすべての経験的事実を意味し、自然現象、社会現象、心的現象などといわれる。

2・「或るものの現れ」として、それが現れることによってそれ自身とは別のあるものを指示する。たとえば煙という現象は火を指示している。

火の存在は「火の現れ」としての煙という現象を通して知ることができる。

3・仮象としての現象。現象が本質と分離・対立させられ、現象は本質、真の実在を覆い隠すものとされる。

現象のうちにはいかなる真理もないとされ、本質、真の実在は現象を通して

ではなく、仮象としての現象を取り除くことによって認識される。

4・カントにおける現象。現象と本質との区別という枠組みを前提し、しかし3と異なり本質そのものの認識は原理的に不可能であるとされる。

カントにおいて人間が認識できるのは、直観形式である時間・空間とカテゴリーによって秩序づけられた現象のみである。

現象は単なる仮象ではなく経験的実在である。

物自体はけっして認識されえない。

5・現象と本質との統一。ヘーゲルにおいて現象こそが本質を示すのであり、すべての本質は現象する。

絶対者自身が現象することがヘーゲル哲学の根本をなしている。

6・現象学における現象。
ハイデッガーはギリシア語phainomenonに立ち返り、現象を「自己をそれ自身に即して示すもの」とした。

現象はその背後にけっして現象とはならない本質を隠しているのではないが、現象がさしあたり隠蔽されていることはありうる。

現象学はその覆いを取り除き、現象を開示することをその課題とする。ハイデッガーにおいて、現象学の現象は存在者の存在であり、存在論は現象学としてのみ可能である。
update:2010年02月23日